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彼岸花

今年も、
鮮やかな曼殊沙華が咲きました。
昔の人は彼岸花と言います。

昨年は、お彼岸の時期になっても、
「彼岸花」という名前に反して、
なかなか咲いてくれませんでした。

いつもの場所に花がないと、
なんだかお墓のまわりまで
少し寂しそうに見えたものです。

自然というのは、
こちらの思うようにはなりませんものね。

でも今年は、
ちゃんとその姿を見せてくれました。

細い茎の先に、
ぱっと開いた真っ赤な花。
「お彼岸ですよ」
と、知らせてくれているようです。

彼岸花というと、
子どもの頃の記憶がよみがえります。
この花は、
お墓の近くによく咲いていた、
そんな印象があります。

お彼岸にお墓参りに行くと、
あの毒々しいほどの真っ赤な彼岸花が、
どこか不気味で、
少し怖かったのを覚えています。

昔は大人たちから、
「彼岸花を折ると、歯がなくなるよ」
なんて言われませんでしたか?

花が咲くときにも、
「葉(は)」がない彼岸花と、
人間の「歯(は)」をかけた、
昔の人の上手な戒めだったのでしょうね。

子どもの頃は、
そんな話を聞いただけで、
ますます怖くなったものです。

ところが、
不思議なものですね。
あんなに毒々しいと思っていた赤色が、
歳を重ねた今では、
とても美しく見えるのです。

夜空にぱっと広がる
花火のよう。
しゅっと細い茎に、
花は大きく手を広げて、
秋の空気の中で
とても鮮やかに咲いています。

昔は怖かった花が
今の管理人には美しい花。

花は何も変わっていないのに、
変わったのは、
どうやら管理人のほうなのですね。

お墓にひっそりと咲いていると、
どこか仏花のようにも見えて、
また違った意味合いを感じます。

そんな彼岸花の印象を
大きく変えてくれたのが、
昔訪れた、
埼玉県日高市の巾着田でした。

あたり一面、
見渡すかぎりの曼殊沙華。
赤、赤、赤。
それはもう、
言葉を失うほどの美しさでした。

一本だけ見れば、
どこか寂しげな花なのに、
たくさん集まると、
こんなにも華やかになる。

小さな花が、
ひとつ、ひとつ、重なって、
大きな景色になっている。
その光景を見てから、
「彼岸花は怖い」という記憶は、
一気に変わっていました。

記憶って、
上塗りできるんです。

昔の記憶を、
消してしまうのではなくて。
その上に、
新しい景色を重ねる。
新しい出会いを重ねる。
嬉しかったことや、
美しかったものを、
ひとつずつ重ねていく。

そうすると、
同じ記憶なのに、
いつの間にか
違う色に見えてくることがあります。

昔は怖かった彼岸花の記憶さえも
今では、
幼い頃の愛おしい思い出に変わります。

歳を重ねるのも
悪くないですね。

これからも、
どんどん思いを重ねながら、
上塗り、上塗りしてゆきたいものですね。

どんな記憶も、
いつか振り返ったとき
「あの頃はよかったな」
と思える一枚になるのでしょう。

皆さまの秋にも、
素敵な思い出が
ひとつ、またひとつと
増えてゆき、
落ち葉のように
素敵な色が
重なってゆきますように(#^.^#)

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